『バケモノの子』の殺陣と重なった記憶――2015年、井上智恵ドナが放った「静かなるエネルギー」

観劇レポート

​先日、劇団四季『バケモノの子』の配信映像を観ていたときのことです。

殺陣のシーンにおける、力と力の衝突、エネルギーとエネルギーの激しいぶつかり合い。その光景を目にした瞬間、ふと、かつて観た『マンマ・ミーア!』の記憶が鮮烈に蘇ってきました。

​私が初めて『マンマ・ミーア!』を観劇したのは2015年。親に観に行きたいと言って、家族で名古屋まで連れて行ってもらったのです。当時はまだ中学生でした(今考えると、我ながら渋い中学生ですね)。場所は、今はなき新名古屋ミュージカル劇場。

​ソプラノの響きを持つ、井上智恵さんのドナ

​2025年現在、ドナを演じているのは江畑晶慧さんや岡村美南さんといったキャストたち。パワフルな歌声で、現代の自立した女性らしい強さを感じるドナは説得力があり、とても魅力的です。

​一方で、2015年当時に観た井上智恵さんのドナは、基本がソプラノで高音が美しく、現在の「低音が響くタイプ」とは一味違っていて、それが、ドナの秘められた繊細さを表現していました。

​特に印象に残っているナンバーは「The Winner Takes It All(勝者がすべてを)」、そして「One of Us」「SOS」。

サム役は阿久津陽一郎さんだったのですが、お二人の声の親和性が抜群に良かったのです。

特に「SOS」は圧巻でした。井上さんの透き通るソプラノと、阿久津さんの深みのある低音ボイス。音域の異なる二つの声が重なったとき、互いを求め合いながらもすれ違ってしまう二人の「切なさ」が、美しい和音となって空間を満たしていくようでした。パワーで圧倒するのではなく、音色の溶け合いで魅せるデュエットでした。

一緒に観劇した母は『マンマ・ミーア!』の物語を知りませんでしたが(ABBAは知っていましたが)、終演後に思わず「SOS」を口ずさんでいたほど。それくらい、あの二人の歌声には強烈なインパクトがありました。

​演技で補完される「圧」、そしてエネルギーの交流

​井上ドナの「勝者がすべてを」は、高音で歌うため、いわゆる声量で押すような物理的な「圧」があるわけではありません。しかし、その分を凄まじい演技力で補完していました。

​忘れられない瞬間があります。歌詞の「分かっているの」の後に訪れる、長い沈黙。

サムがドナに近づこうと腕を前に出した瞬間、ドナがそれをゆっくりと手で制するのです。一瞬のタイミング、その動作には、サムに対する一瞬の優しさが滲んでいました。しかし、その意志は完全な「拒絶」でした。優しさと拒絶という相反するエネルギーが混ざり合ったあの空気感。

​冒頭で触れた『バケモノの子』の殺陣の話に戻りますが、あれはまさに剣を使わない「エネルギーの交流」でした。

​サムが近づこうとするエネルギーに対し、ドナがそれを受け止め、明確に拒絶して返す。その一挙一動に、ドナのこれまでの人生、サムに対する怒りや悲しみが滲み出ていました。

身体から感情が溢れ出ている、言い換えれば「エネルギー」が可視化されるような演技。

最後の「そして去ったの!」という叫びも、声の圧力ではなく、悲痛な魂の叫びとして胸に刺さりました。これは、生の舞台でしか味わえない体験です。

​2幕の深みと、これからのドナへの期待

​『マンマ・ミーア!』は、個人的に2幕から急激に面白くなる作品だと感じています。

1幕はとにかく「陽」の印象。パーティーやダンスなど煌(きら)びやかなシーンが満載です。それに対して2幕では、ドナやサムなどミドルエイジの人生の苦い部分、影の部分が浮き彫りになります。だからこそ、2幕の方が物語にすっと入り込んできます。この情緒的な深みは、日本人が演じているからこその情動なのかもしれません。

​今後、横浜、広島と公演は続いていきますが、そろそろドナのキャスティングにさらなる多様性が生まれても面白いのではないでしょうか。

現在のパワフルなドナがスタンダードになりつつある今だからこそ、バリエーションの一つとして、久しぶりに井上さんのような高音を美しく響かせるソプラノタイプのドナも見てみたいのです。

​ソプラノタイプのドナ、今の四季なら誰が適任だと思いますか?

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