三月のロンドンへ、ミュージカルを観るためだけに飛んだ。『マンマ・ミーア!』『ウィキッド』『ハミルトン』——三本のミュージカルと、思い通りにいかない日々。ホテルを間違え、物価に打ちのめされ、一番会いたかった女優には会えなかった。それでも、角を曲がれば劇場がある街は、やっぱり夢みたいだった。
ロンドン、甘くて苦くて、それでも温かい
三月のロンドンは、想像よりずっと寒かった。 ミュージカルを観るためだけに、飛行機に乗った。お目当ては『マンマ・ミーア!』。ドナ役のサラ・ポイザーと、サム役のリチャード・スタンディング。実生活でも夫婦である二人が、物語のなかで再び愛を見つける姿を、どうしても本場ロンドンの舞台で観たかったのだ。 ついでに、大好きな『ウィキッド』と、今最も熱い『ハミルトン』も。
ホテルから赤い二階建てバスに揺られ、あるいは、地下鉄に乗り換えて、劇場へと向かう。車窓から見える景色はすべて別世界。建物一つ一つに歴史を感じさせる。異国の街にいま自分がいる、という感覚が、旅の実感をじわじわと連れてくる。

トラブルの多い旅だった。到着初日、早速やらかした。14時間のフライトを終え、ホテルにチェックインしようとしたら、「ご予約はございません」と言われた。
焦って確認すると、予約していたのは隣のホテルだった。ロンドンの洗礼は思ったより早く来た。物価にも度肝を抜かれた。何を食べても、金がみるみる消えていく。だいたい日本の約1.5倍から2倍といったところか。これが噂のロンドンか、とひたすらドン引きしながら、足は止めなかった。

ただ、この街には劇場がある。歩けば劇場がある。そこでは毎日、何十本ものミュージカルや演劇が上演されている。それだけで、多少は許せてしまう気がした。
ウィキッド、圧倒される
アポロ・ヴィクトリア・シアターに足を踏み入れると緑一色でデコレーションされたウィキッドの世界だった。 ウィキッドを観るのは去年の劇団四季大阪公演以来。

圧巻だったのは、2幕のナンバー「No Good Deed」だ。エルファバ役のエマ・キングストンが、フィエロを救うために命がけで呪文を唱えるシーン。怒りと悲しみと愛が混ざり合ったような気迫が、客席まで押し寄せてきた。歌がうまい、というレベルの話ではない。その声に、体ごと持っていかれる感覚だった。

グリンダを演じたジジ・ストラレンも忘れられない。コミカルで愛嬌があって、でもどこか切ない。笑いながらも、気づけばグリンダのことが愛おしくなっていた。

ハミルトン、わからなくても、すごかった
正直に言う。ハミルトンのストーリーは、ほとんど理解できなかった。 もともとウィキッドとマンマ・ミーアを観るつもりで来た旅だった。せっかくだからもう一本、と急遽チケットを取ったのがハミルトンだった。下調べをする時間もほぼなく、米国の初代財務長官の生涯を描くミュージカルということだけは頭に入れてみた。

そこで待っていたのは、約3時間、ほぼ歌いっぱなし、セリフもほぼラップで構成されるミュージカルだった。英語がわかる人間でも追うのが大変だというのに、私にはお手上げだった。何を言っているのか、何が起こっているのかよくわからないまま、ただ舞台を見つめ続けた。席を立とうとは一度も思わなかった。
エリザ・ハミルトン役のベンテ・ムーランの歌声が、すべてを超えていたからだ。深く、重く、腹の底に響くような低音ボイス。言葉の意味がわからなくても、その声が何かを訴えているということだけは、痛いほど伝わってきた。
言語を超えて刺さる歌というものが、確かに存在する。ハミルトンはそれを教えてくれた。 欲を言えば、予習してから観たかった。でも、無防備だったからこそ、あの歌声の純粋な衝撃を受け取れたのかもしれない、とも思う。

マンマ・ミーア、会えなかったけれど

ノヴェロ劇場の、最前列中央。視界を遮るものは何もない。ステージまでの距離が、他の劇場とは比べものにならないほど近い。この席を取れたことだけで、すでに今夜は勝ちだと思っていた。舞台の上で夫婦を演じる本物の夫婦——その瞬間を、この目で見るために来た。

ところが、開演前にキャストボードを確認して、息をのんだ。サラ・ポイザーの名前がない。調べると、どうやら前日にタイのチェンマイで行われた友人の結婚式に出席していたらしかった。この日のドナ役は、オルタネート(プリンシパルに代わり特定の公演で出演する準主役俳優)のエマ・オデルが務めた。サムはリチャード・スタンディング。 正直、少し肩の力が抜けた。一番の目的が消えた。 それでも、幕は上がった。 エマ・オデルのドナは、パワフルだった。仕事も育児も全力で駆け抜けてきた女性の、その強さと明るさが全身から溢れていた。観ているうちに、いつの間にか引き込まれていた。
そして、「Slipping Through My Fingers」が始まった。 娘のソフィ(エリー・キングドン)が、ドナに頼む。「結婚式のドレスを着せてくれる?」その言葉を聞いたとき、エマ・オデル演じるドナは、一瞬だけ動きを止めた。驚いたように、でも何かを噛み締めるように。そして、小さく、コクコクと頷いた。それだけだった。それだけなのに、目頭が熱くなった。 パワフルな女性だからこそ、あの小さな頷きが刺さる。強く生きてきた人間の、柔らかい場所を見てしまった気がした。
サラ・ポイザーに会えなかったことへの残念さは、静かに溶けていった。

驚いたのは、観客のことだった
日本の劇団四季では、静かに観るのが当たり前のマナーだ。ところがロンドンでは、マンマ・ミーアの客席から口ずさむ声が聞こえてくる。休憩中には客席にワゴンが現れ、アイスクリームを売っている。みんな椅子に胡座をかいて、うまそうに食べている。
最初は面食らった。 でも、カーテンコールが始まると、その意味がわかった気がした。拍手の大きさが、日本とまるで違う。盛り上がりの熱量が、桁違いだった。ここでは観客も舞台の一部なのだ、と思った。
ロンドンは夢みたいだった
三本のミュージカルを観終えて、旅が終わった。 振り返ると、思い通りにいかないことばかりだった。会いたかった女優には会えなかった。ハミルトンは何を言っているのかさっぱりわからなかった。ホテルを間違えた。物価に打ちのめされた。
なかなか言葉が通じなくて、途方に暮れた瞬間も一度や二度ではなかった。 それでも、出川イングリッシュみたいな拙い英語で、なんとか伝わった瞬間があった。相手が笑いながら頷いてくれたとき、それだけで少しホッとした。言葉はへたくそでも、なんとかなるのだと思った。
そして、ロンドンの街を歩くたびに思った。劇場が、ある。角を曲がれば劇場がある。そこでは今夜も、何十本もの物語が幕を上げている。世界には、こんな街が本当に存在するのだ。

頭でわかっていたつもりでも、自分の足でその街を歩いて、はじめて腑に落ちた。 甘くて、苦くて、酸っぱくて、それでも温かい旅だった。けれどサラ・ポイザーには会えなかった。やっぱり悔しいと思う自分がいる。
サラ・ポイザーには、いつかきっと会いに行く。その心残りだけを、お土産にして帰ってきた。


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